馬田隆明(うまだ・たかあき)
東京大学産学協創推進本部 本郷テックガレージ ディレクター
カナダ トロント大学を卒業後、日本マイクロソフトにて、スタートアップを対象に技術面とビジネス面の支援を担当。2018年10月現在、東京大学にて、学生や研究者のスタートアップ支援と、アントレプレナーシップ教育に従事している。
『逆説のスタートアップ思考』著者。起業、スタートアップに関する知見をスライド( https://www.slideshare.net/takaumada )やMedium で発信中。
スタートアップ支援のカギは既知の情報の関連付け
まずは、長らくスタートアップ支援にたずさわってきた馬田氏が、Scrapboxをどのように活用しているのか教えていただきます。
馬田(以下、敬称略):主に3つのシーンで利用しています。海外のスタートアップ企業を調査する際と、主催イベントの参加者属性を事前共有する際、そして授業で宿題を出す際です。
1つ目のシーンでは、スタートアップ企業の情報収集をした後、その企業の該当する業界や投資したベンチャーキャピタルなどの名前をタグにして、Scrapboxで整理しています。
それを起業家や投資家といった一部の友人と共有して、ディスカッションをするんです。友人たちも同じScrapboxで情報収集を共有してくれているので、例えば共有し合った情報のタグが同じだった場合にその動向について会話しています。
長沢:一部の人と共有しているということは、基本的にクローズドで利用しているということですよね。そして、情報収集をしつつ、何かの時に閲覧していると。
2つ目の「主催イベントの参加者属性を事前に共有する」というシーンでは、イベントに誰が参加しているのか、どんな組織にいるのか、何年卒の何大学出身なのか、といった所属の情報や、あるいは興味のあるセッションについて参加者各自に保存してもらい、参加者全員と共有しています。イベント開催以前に参加者の属性や興味関心を可視化しておいて、参加者同士に繋がりが生まれやすくなればと思っています。
長沢:確かに、事前や事後に他の参加者について知ることができていると、何かいい結果を生みそうです。実際はどんな成果が現れていますか?
長沢:人はその情報をいつ必要とするのか事前に理解しておくことができませんから、ログを残しておけたら、1週間後でも半年後でも、必要とした際に見つけることができてよさそうですね。それだけでなく、後から人との繋がりを求めることもできそうですし。
馬田:「あの人に聞いてみよう」という行動に移せるというか。
長沢:情報を残しておきさえすれば、Scrapboxで展開しなくてもデータとして利用することもできますね。
馬田:そうなのですが、複数の関連付けを行なえるという観点で、Scrapboxが役立っていると思います。
3つ目は、「授業で宿題を出す」というシーンなのですが、宿題ではスタートアップを調査した情報と学生のみなさんが起業すると仮定した場合のアイデアを提出してもらうようにしています。提出物は2種類 用意してもらっていて、一方はGoogleフォームに記入してもらいAlgoliaという検索サービスへ転送。もう一方は、タグと画像を追加してもらってScrapboxで整理しています。
スタートアップの事業を創造するアイデアは、組み合わせが重要だと思うからです。例えば、AI関連でアイデアを考えるならAIというキーワードで情報収集できるように、一覧性を高めるという目的でビューワーとしてScrapboxを利用しているような形ですね。
スタートアップのナレッジマネジメントと企業文化 醸成
Scrapboxの魅力を引き出すためにユーザー側が身につける振る舞いがあるという流れを踏まえ、話題はスタートアップ企業のナレッジ共有に転じていきました。
長沢:スタートアップの起業時は、数人で始めることが多いので、お互いに想いや知識が共通していて、補完し合えることは明白です。そこから成長フェーズに入っていくと、社員が増え、投資家のアドバイスをもらい、吸収していくナレッジの量と質が変わってくるような気がします。
馬田:確かに、社員数が25名前後になると、CEOの仕事がプロダクトづくりから会社づくりに移ると言われています。そのフェーズで、ナレッジマネージメントの観点は入ってくるかもしれません。ただ、文章を残すことに力を入れる企業があれば、勤務時間外もスポーツをして盛り上がりながら知識を伝達することを進める企業もあって、どのようなアプローチで会社づくりをしていくのかは企業ごとでさまざまだという気がするんです。
長沢:企業カルチャーの話ですね。
馬田:そうですね。結局は、どういう企業にしていきたいのかという話なんだと思うんですけれど、実際のところ、企業カルチャーというのはなかなか根付きません。仮に書いて残していくことを選んだとしても、初期から「書く」という文化の方針を決めておかなければ、途中からだと中々誰も書きたがりませんし。
なので、ある程度の方針を持つことは、会社づくりに効果があるんだろうなと、スタートアップ企業を見ていて、そういう印象を覚えることがあります。ところで、Scrapbox開発元のNotaではどのように取り組んでいるのでしょうか?
長沢:スプリントの計画からすべてScrapboxに入れています。
馬田:プロジェクトマネージメントツールも利用していませんか?
長沢:プロジェクトマネジメントもScrapbox上で行われています。どんなツールを利用するかという話では、リモートワークを取り入れていない企業なら、まずはアナログではじめてみてもいいんじゃないかと思っています。アナログで感触を得ていないうちからデジタルツールに頼ってしまうと、そのツールの思想に合わなかった時がきついですよ。
馬田:確かに。
長沢:そのツールの思想に企業カルチャーがどんどん寄ってしまう可能性もあります。そこが怖いところです。
馬田:良し悪しがありますね。とはいえ、アナログで進めてしまうと抜け漏れが出てしまいます。
馬田:確かにゆるさがあるかもしれません。どのように使うのか企業によって違うだろうなと思います。
Scrapboxを組織の「外部記憶」に
馬田:先ずは書く習慣を根付かせて。
長沢:書くというよりも、各自が頭に残していることを外に出して共有する「外部記憶」ですね。そうしたほうが動きが早くなるはずなんですよ。
ちなみに私の場合は、個人的な想いを書く場合にブログを利用して、記録を残す場合にはwikiにしています。想いはwikiではなく、ブログのほうが合っているんですよ。
長沢:ただ、ツールの使い分け方も人によって違ってきそうです。
馬田:それは誰かが決めていくしかないだろうなと感じます。なかなか決定版というツールは出ない状況ですが、いろんな企業カルチャーがあるということでもあるので、別に悪いことでもありませんよね。それぞれ合うツールを選べばいい。その選択肢の中に、Scrapboxのようなこれまでのwikiとは異なるツールがあるっていうのは、スタートアップ企業全体にとって良いことだと思います。
知人の研究室では、研究の日報をScrapboxで付けているようですし。研究は、既存のものから新しいつながりをつくることが大事だと思うので、Scrapboxと親和性が高いという気がします。
リンク機能で複数の情報を関連付け
奇しくも、スタートアップと研究のどちらもポイントになるのが、情報をつなげること。複数の関連付けができることをメリットに感じて情報の整理や共有を目的にScrapboxを利用する馬田氏は、どのようにタグを名付けているのだろうか。
馬田:私自身は、業界名などの名詞をタグにしていますが、1つの方向性として、述語や動詞の関連性や類似性をつながりのベースにするというアプローチもあるかなと思っています。どうしても人は見えるものをタグにしてしまいがちですが、クリステンセンの言うジョブのようなものをタグにしてもいいんじゃないかなと。ジョブ同士のつながりが可視化されると、「あ、ここにもこんなジョブや課題が」と気づくことができるかもしれないので。
長沢:なるほど、それはいいヒントになりそうです。もしも1度付けている名詞のタグを動詞に変えていくとしたらどうすればいいと思いますか?
馬田:クリステンセンのジョブ理論に従って進めてみるのがいいんじゃないでしょうか。誰か一人が相当頑張って続けてみたら浸透しそうな気はします。
長沢:そのようなゆるさで利用し始めることができるのはScrapboxの魅力です。みんながその変化を良いと感じたら、そっちに流れていくようなツールなんです。
馬田:本当にScrapboxに何を求めるのか次第ですね。私の場合は、不特定多数に共有することが目的なので、わかりやすい名詞にしているんですよ。名詞のほうが人間の感覚としても考えやすいと思っていますし。Notaではどうしていますか?
長沢:タグはあまり利用せず、文中の言葉をカッコで囲んでリンクを貼るようになりました。タグをつけようとすると、整理することを意識しすぎてしまうからです。名詞がつながりを生みそうなのはイメージできますが、そのつながりだけで本当に求めていることが得られるのかどうかはわからないというか。一方で動詞にするとしても、言葉を絞っておかないとダメかもしれませんね。
馬田:何か目的語を持つ述語がいいのかもしれませんね。
長沢:なるほど。「何のために」ということが決まっているから、広がりが生まれるわけですね。
(構成:新井作文店 写真:今井駿介)
Scrapboxとは
企画書、社内マニュアル、議事録など、チームに必要なドキュメントを共同で瞬時に作成できます。ドキュメント同士を関連性を元に自動で繋げ合い、何千、何万ものドキュメントを管理する苦労から解放してくれることが特徴です。