業界:人材・HRテック
用途:組織内のナレッジ共有
課題:ミドルマネージャーの業務負荷が過大、現場と経営の間で情報共有がうまく機能していない
| 記事の要約 |
- 業務過多や心理的負荷がミドルマネージャーに集中しているのは、個人の問題ではなく構造的なものであり、現場だけでの改善には限界がある。上層部を巻き込んだ抜本的な改革が必要
- メンバーのメモややりとりなどの「一次情報」を記録・共有することで、早期の問題発見、意思決定の透明性、自律的に動ける人材育成につながる。ナレッジマネジメントは組織の基盤を強化する手段として有効
- ナレッジマネジメントを定着させるコツは「ゆるく始める」文化づくり。堅苦しいルールではなく、「ゆるく書き始める」ことを重視すると組織に浸透しやすい。ネットワーク型の情報構造や最低限のルール設計により、誰もが気軽に参加できる仕組みをミドル層が率先して育てることが成功の鍵となる
組織運営において大事なのは経営でしょうか現場でしょうか。階層が3以上あるような大きな組織になってくると現場から1レイヤー上がった「ミドルマネジメント」のあり方が、組織の柔軟性・一貫性を大きく左右すると言われています。
ミドルマネージャーは多忙です。「部下の管理に疲弊する」との理由からマネジメントへの昇進を避ける方も増える中で、期待以上の成果を出しているミドルマネージャーもおり、その実用的で再現性のある方法論にも注目が集まり出しています。
「Helpfeel Cosense(コセンス)」を利用されている菊池 信太郎様(株式会社ビズリーチ プロダクト本部 プラットフォーム統括部 統括部長)もその一人。
ビズリーチ」の開発部門をリードする立場でありながら、体系的なミドルマネジメント手法を組織内に確立されています。
本記事では菊池様に「ミドルマネジメント」における極意を伺いました。
課題山積みのミドルマネジメントにおいて、まず取り組むべきこと
プロダクト本部 プラットフォーム統括部 統括部長 菊池 信太郎様
――日々の業務に忙殺される上司を目の当たりにし、ミドルマネージャーへの昇進を打診されても歓迎しない人が、最近増えているようです。
私はミドルマネジメントが面白い仕事だと思っていますので、一個人としての捉え方はかなり違っているかもしれません。ただ「管理職の仕事が大変そうだからなりたくない」という気持ち自体は、よく分かる気がします。
もし自社のミドルマネージャーに、業務量や心理面で過剰な負荷がかかっているのだとしたら、それはおそらく構造的な問題ではないでしょうか。現場レベルの努力で多少改善しても長続きしないことが多く、予算や人事を動かせる部長・本部長クラス以上を巻き込み、従来のやり方を変えていく必要があるかもしれません。
ですから「重すぎる業務負担がいつまでも減らない状況を変えたい」というミドルマネージャーにとってまず必要なのは、やり方を変えるべき根拠や新たな方向性が示せる、何らかの“武器”でしょう。データやファクトが既に揃っていればベストですが、日々のメンバーとの1on1などで現場から得られる情報などをもとに、組織状態がなぜ悪化していて、どうすれば改善するか、自分なりの仮説と裏付けを持つことが重要だと思います。
――ミドルマネージャーの負担が減らない要因として、組織階層・部門間で生じる視点のすれ違いや、仕事の優先順位・水準の認識を揃える難しさ、さらにそれが上司による巻き取りやマイクロマネジメントを招き、部下の成長を妨げる悪循環などの指摘もあります(※1)。
※1 小林祐児『罰ゲーム化する管理職 バグだらけの職場の修正法』(集英社インターナショナル、2024年)
何か一つの対策で、これら全てを解決するのは難しいと感じています。具体的な方法(HOW)にすぐに取り掛かることも有効ですが、自社にとって何が問題かまず見極めるのが先かもしれません。ただそうであっても、個人が持つ知識を組織で共有するナレッジマネジメントの実践は、基本的な部分で相当大きな役割を果たすと考えています。
マネージャーは現場の実務から離れている場合も多いでしょう。プレイングマネージャーだとしても見えている現場は一部だと思います。だからこそ、日々の業務の指示出しから戦略の見直しまで何をするにしても、現場メンバーのメモ書き、メンバー同士のやり取りといった「一次情報」から見えてくるものは非常に重要です。ライン上で報告を受けるということをしても、報告者の主観が入っている可能性もあります。早めに察知したい耳が痛い情報ほどマネージャーには届きません。報告のような整理された情報ではない一次情報があるおかげで、先入観なく把握しやすかったり、最初にざっと全体感をつかめたりと現状把握においてとても有効です。
うまく仕事が回っている現場は、関係者同士のコミュニケーションが豊富で非常にスムーズ、逆に良くない状況だとコミュニケーションが減っていきます。一次情報をきちんと残している組織であれば、マネージャーが素早く異変に気付き、大きなトラブルの芽を摘むことができます。
一次情報の記録はメンバーにとっても役立ちます。マニュアル作成は大変なので良くあるケースでしか作成されず、作成されても更新されていなかったり、基本ケースしか触れていなかったりするものです。内容が不十分だと、結局、近くの人に聞いてしまいがちですよね。「実際にこうした。こうトラブルシューティングした。」というログがあれば、マニュアルがなくても自分で動けますし、判断できます。育成する側がつきっきりで教えなくとも、一次情報さえあれば、メンバーが自分なりに判断と試行錯誤を繰り返し、次第に自走できる人材(ナレッジワーカー)に育っていくでしょう。
しかも一次情報が確実に記録さえできていれば、意志決定プロセスの透明性があがります。「なぜそう決まったか」がいつでも読み取れるということですから、ルールや方針に従うメンバーの納得感も高めてくれるはずです。
さらには、新たな施策を業務部門が実践する中で新しい気づきが生まれているはずなのですが、そうしたナレッジは個人に留まってしまっていることにも悩んでいたのです。
一次情報を残す習慣が、よりよい組織文化をつくる
プロダクト本部 プラットフォーム統括部 統括部長 菊池 信太郎様
――菊池さんはナレッジマネジメントを、管理職の業務負荷を抑えるだけにとどまらない、長期視点で取り組む組織文化づくりの一環と位置づけているそうですね。
はい。私は開発組織の一部門を担う責任者として、かねてより「いいエンジニアリング文化」を作りたいと社内で様々な取り組みを推進してきました。ただ漫然と仕事をしていても良い仕事・良い文化はできません。目標を意識することからみんなで協働するためのプロセスの整備まで、メンバーにも少しずつマネジメントの視点を持ってもらい、新メンバーが初日から活躍できる職場にしたいと考えています。そういった観点から見ると、私にとってナレッジマネジメントは、よりよい組織文化の定着に向けた重要なアプローチの一つといえるかもしれません。
メンバー各自が体験し、考えたことを書き残すナレッジマネジメントの習慣は、本人の論理的思考力を向上させるのに役立つのはもちろん、最終成果物だけでは共有できない思考・検討プロセスを、組織の財産として共有することにもつながります。
さらに一次情報を共有する組織では、意思決定のスピードが早いです。従来は話さなければ作れなかった「共通認識」を普段コミュニケーションを取らない異なる部署や違う組織階層の人とも持つことができれば、コミュニケーションコストを大きく減らせます。
こうした取り組みは「SECIモデル」(※2)の実践ともいえるでしょう。仕事をすると自然に溜まっていく暗黙知(担当者のセンス・感覚)をいかに組織に還元していくか。「一次情報こそ積極的に共有する」というのがこの組織への還元を大きく支えてくれます。
※2・・・ナレッジマネジメントの理論的な枠組みとして広く知られる、共同化(Socialization)、表出化(Externalization)、連結化(Combination)、内面化(Internalization)という4つの知識変換モードのこと。初出である英語論文の訳書として、野中郁次郎/竹内弘高『知識創造企業』(東洋経済新報社、1996)を参照
以上をまとめると、社内のあらゆる一次情報を記録し、共有するナレッジマネジメントに取り組めば、
・ コミュニケーションコストも下がる
など、いくつものメリットが同時に期待できると考えています。そうした環境づくりを率先することで、ミドルマネージャーとしての業務負担を減らしつつ、成果を伸ばして組織全体に貢献することも十分可能だと思います。
ナレッジマネジメント定着のカギは「ゆるく雑に書き始められること」
――ITツールを用いた情報共有には、既に多くの企業が取り組んでおり、うまく根付かなかった例もみられます。ミドルマネジメントの課題を根本解決するためにナレッジマネジメントの取り組みを新しく始め、持続させるには、何がポイントだと思われますか。
メンバー誰もが書くことです。
導入したナレッジマネジメントツールに一部の人しか書き込まず、他のメンバーが書き込めないような雰囲気になってしまうのはよくあることだと思いますが、これでは導入の意義が薄れてしまい、なかなか長続きしません。ですから、後からメンバー全員でどんどん改良していくことを前提に、「とにかくゆるい感じで、雑でもいいから、まずは書き始める」ことが重要だと考えています。
具体的なコツで言うと、書く前に悩ませないことです。書き込む内容の分類で悩み、ちょっとしたことは残さなくなる「階層構造」ではなく、リンクを使って後からでも整理できる「ネットワーク構造」のツールを選ぶことや、書き込む際のルールは最小限に留め、厳格な型などをあえて定めないこと、既存のコンテンツがある場合はいきなり全面移行させず、それらの一覧をまとめたポータルをまず作り、利用頻度の高い内容を徐々に取り込んでいくことなどが挙げられます。
心強いことに当社では、ツールの活用法を自発的に広めてくれるエバンジェリスト的なメンバーが現れ、関係者全員が常に見てくれるようになったほか、各自がしっかり書き込む習慣も定着してきています。最終的に、組織内のあらゆる一次情報が集約されれば、ナレッジマネジメントツールが必要不可欠な存在として必ず定着するはずです。
――ナレッジマネジメントの導入を決めた後、それを根付かせる活動もミドルマネージャーが主導すべきでしょうか。
さまざまなやり方があると思いますが、特に初めのうちはミドルマネジメント層が率先してツールを利用し、メンバーに奨励するほうが格段に成功しやすいと思います。背中を見せるイメージです。実際に私自身、社内の用語集をつくる第一歩というつもりでコンテンツを整備するかたわら、部内の各チームに出向いてツールの利用法を伝えるなどして普及に努めてきました。
ミドルマネージャーとして、よりよい組織文化を作りたいと願うのは私だけではないでしょうし、「常に過剰な労力をかけなくても機能するマネジメント」という個人的なメリットを考えたときも、組織のベースとなる文化に自ら働きかけるのが最善だと思います。
新たな文化は一朝一夕に作れるものではなく、プロセスを一足飛びにできるような秘策もありません。それでも腰を据え、あるべき姿を目指し、まず変えやすい形式的な部分から変えていく。つまり誰でも簡単に扱えるナレッジマネジメントツールの導入で変化を印象づけ、活用を根付かせる中で社内の雰囲気を変えていくのが、現実的な選択ではないでしょうか。
組織文化が育つナレッジマネジメントに挑戦。ツール変更1年弱で3人に1人をヘビーユーザーに